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「何か意味がある」の研究心がノーベル賞の源流に 九州大学石野教授


週刊経済2021年2月23日発行

「クリスパー」発見の功労者

ふくおか経済4月号掲載の特集、「福岡の大学発イノベーション」において、昨年ノーベル化学賞を受賞した「クリスパーキャス9」につながる画期的な研究成果を発見した、石野正純九州大学教授に話を聞いた。以下、インタビューを要約。
―昨年、米国と仏国の女性研究者2人がノーベル化学賞を受賞した「クリスパーキャス9」というゲノム(遺伝子情報)の編集技術には、石野教授が35年前に発見した塩基配列の繰り返し、「クリスパー」が大きく関わっていると聞く。発見の経緯について。
石野 1986年当時、私は大阪大学微生物研究所で大腸菌の研究に携わっていた。その中で、当時はまだ珍しかったDNAの塩基配列を解析していたのだが、「CGGTTA…」に始まる29個の配列が、5回も繰り返されていることに気付いた。どういう意味があるのか気になったが、当時手掛けていた研究テーマの本筋からは逸れており、同僚からも発見に対する芳しい反応は得られなかった。それでも、何か意味があるはずという思いから、一人で他の細菌でも同様の配列がないかを調べてみた。当時は現在のようなDNAの解析装置はなく、完全な手作業だったのでかなりの時間を要したが、他の幾つかの細菌で同様の配列を確認することができた。
―配列の意味について掘り下げることはしなかったのか。
石野 当時、DNA解析はまだまだ未開の領域で、比較検討できるようなデータや手段が全くなかった。だからその役割は不明のまま、研究で得られた事実を論文の「付録」として記載した。それからは私は古細胞の研究に没頭し、この配列を追求することはなかったのだが、90年代半ばに古細胞から同様の配列を確認した海外の研究者の手によって、私が約10年前に真正細胞で反復配列を見つけていた記録が明らかになった。その後、この配列は「クリスパー」と命名され、細菌がウイルスの攻撃を防御するための機構であることが分かった。これを契機に世界中で研究が加速し、2012年にこの機構を活用したゲノム編集技術、「クリスパーキャス9」の論文が発表され、ノーベル化学賞の受賞につながる世紀の発見となった。
―クリスパーキャス9はどのような技術なのか。
石野 従来は困難とされてきた、DNAに手を加えたい部分をピンポイント切除・改変することを可能とし、生命科学の研究領域に劇的な変革をもたらした。社会への貢献という点でも、治療が困難とされた遺伝子病の治療や、農作物の改良など、ゲノム編集が我々の生活に貢献できる分野は非常に幅広い。ただ、生命そのものの改変、「デザインベビー」などにも直結する技術なので倫理的な問題も多く、極めて慎重に、この技術が使える領域を検討していく必要がある。
―クリスパーの研究を続けていればという思いはあるか。
石野 考えないでもないが、当時は本当に研究できる環境が整っていなかったし、タイミングに恵まれなかったとは思う。それでも、私が情熱を注いできた古細胞の研究も本当に面白く、多くの発見や研究成果を世に送り出せたので、後悔は全くない。クリスパーキャス9の発表に至るまでには、私を含む多くの研究者の発見や地道な研究が礎になっている。その源流と呼ばれることについては、大変光栄に思う。
―今後の研究について。
石野 「クリスパーキャス」の存在感が高まるにつれ、私の研究領域と重なる部分が増えてきたので、これを機に私も本腰を上げてクリスパーキャスや新たなゲノム編集技術を追求する研究に着手している。その意味では、私自身の研究にとっても、昨年のノーベル化学賞は大きな刺激となっている。